寝る日記

日記書きます。http://twitter.com/nitwo04

220627

2022/06/27 月


9時半頃起床。寝過ごしている。玄関で母がラベンダーを触っている横で猫がごろんとしている。尊い光景だった。メロンを食べようとしたら友人のつっくんが家に来た。準備ができてないのでつっくんにはゼリーを食わせることで待たせ、メロンを食べながら身支度を済ませる。

10時頃、スバルのディーラー到着。1時間で終わるらしい車の整備に一緒に付き合うことになった。冷房の効いた室内で雑談しながら事が終わるのを待つ。飲み物を買おうと自販機に向かうと、受付の方が無料のドリンクサービスがあるので…と案内して頂いた。ボタンを押すとカップで出てくる自販機、めちゃくちゃ好き。予定より押して、1時間半もカルピスとアイスコーヒーを飲みまくっていた。車のことはさっぱり分からないけど点検に5万円近く払うなんて車の維持費は大変だなーと思う。近くにあるラーメン屋、丸超で昼食を済ませてからヒスイ海岸へ向かう。ヒスイ海岸は海岸に翡翠が打ち上げられるらしく、丸石が広がっている新潟県との境にある海岸だ。ニートしていた頃にヒッチハイカーを乗せて新潟のSAまで送った際に寄った以来だから4年振りくらいだろう。国道を走っていく。

ヒスイ海岸、素晴らしい。海岸に敷かれた石はどれも角が取れた平べったいもので、水切りに適している石ばかりだ。拾った石がどれも宝石に感じる。大海原、寝転んでいても誰も干渉してこない。砂浜から離れた場所で煙草を吸いながらヒスイ海岸に訪れる人を眺めていた。バアさんが石拾いに夢中で犬を連れているジイさんと犬が帰りたそうな顔をしている、白パンツの男が女と波打ち際でイチャついている、米粒ほどの人間が微かに見える。満たされた。帰り道、高速道路に乗りたくて4区間ほど乗った。たしか1500円くらいかかってひどく後悔した。高速道路は時間を金で買っている。

17時半頃、家まで送ってもらって別れた。18時頃から叔父の家で祖父の月命日があるのでそれに参加した。久々に会う叔父は薄毛が進行していて母方の薄毛遺伝子に将来の不安を感じる。月命日という仏教行事に意義を見いだせないまま参加する。憶測だが、北陸地方は浄土信仰が根強い県民性かつ見栄っ張りだから葬儀費用を惜しまない。月命日なんて何年続けるか分からない毎月金を毟り取られるだけの坊主ビジネスだろ、と感じてしまう。恒例化する葬儀に手を合わせる方が故人を弔う意識が薄れるだろ、と苦言を呈するわけにもいかずもやもやするから嫌だ。足が痺れた月命日を終え、新幹線の切符を買いに越中八尾駅へ向かった。

話によるとコロナ禍で開催されなかった越中おわらは今年開催されるらしい。終電の切符を購入。母と晩飯をしてから21時まで仮眠した。母に富山駅まで送ってもらう車内で「いつ帰ってくるの?」と訊かれ、東京を離れるのはもっと先になる、と伝えた。不甲斐ない子が心配なのは分かる。本人が一番分かっている。姉は京都へ転職したけれど鬱病になって休職している、と聞いた。姉の動向は連絡を取らないので知る由もないし興味が無い。富山駅まで近づいた頃、再度終電の時間を確認してみると21時21分が終電だった。前便の20時42分と見間違えて21時42分が終電だと勘違いしていた。終わった。もう乗れない。母が駅員に切符を取り直してもらえば、と言うので半ば諦めで駅員に事情を説明する為だけに富山駅で降りた。窓口が閉まっているのを見て心が折れた。もう無理だ…心が折れてしまっているので一度母の車に戻ったが、再度駅員を探すように促されたので改札横に滞在していた駅員を見つけ、どうにか返金してくれないかと頼み込んだ。駅員は嫌そうな顔をして、返金はできないから切符を買い直せ、と自動券売機に案内され、操作されていく画面に従って金を入れるしかなかった。心がおしまいになる。再度払った6160円。12430円と併せて約2万円。片道2万円、は?イライラする。救済措置は無いのかよ!片道に2万円て…ふざけるな。実家まで戻る車内は沈黙だった。

母に車を借りてバカ広い駐車場のローソンで項垂れていた。おしまいだ。全てを後悔する。別に帰省する必要なかった、テラとキタオカと遊んでから帰ればよかったとさえ思う。自分に非があるのに田舎全体を標的に当たってしまう狭量さにブチギレてしまう。だが、振り返ってみれば歳を重ねても変わらない話題のつまらなさ、身内の動向に陰口を叩いては嘲笑う生産性の無い会話に肌が合わないと気付いた。都会に住むと田舎の見方が乏した目線に変わる、疎まれるのが嫌でフラットな目線を維持しようとしてきたけれど環境の変化を受け入れないと精神を削れてしまうんだな。生まれ育った環境のリスペクトはあるが、地元の人間との価値観を合わせるのは疲弊する要因でもあった。人間関係の狭さから周囲に合わせようとしていた。旧友に合わせる行動が情緒に影響を与えるのだとしたら切り捨てる勇気も必要だな、と結論付けた。何か自分の中で制限されていたものから足枷が外れた気がした。落ち着いてからやっと気付いた。これからは帰省する度に友人に連絡していたけれど、その時に求める言葉が返ってくる人間とだけ会おう、もしくは自己に利益がある行動をしよう。面倒な行事には参加しないようにしよう。実家に戻り、母親にキレてしまったことを謝った。自身の判断を揺らぎたくないから上京したはずだった、それを再確認したので乗車できなかったのも良かったのかな。